2011年10月21日金曜日

雲南省長江上流域調査の旅 (その6)

先にLijiangShangri-laなどの都市が、実は、山間盆地にある、と言う話をしたが、これらの都市に限らず、大屈曲の東方には、標高4000mを越す山々の間の谷を埋める形で、さし渡し数kmから時には数十kmに及ぶ平野が標高3000mを超える高度に多数広がっている。揚子江から4000m級の山々を超えたところに、突然、真っ平らの平野が広がるのである。それはまさしく天空の街であり、特に古都Lijiangは幻想的である。
こうした平野は、殆ど例外なく構造湖(断層運動などで出来た湖)が埋め立てられたものである。この地域には、インド亜大陸のユーラシア大陸への衝突に伴って形成されたと考えられる南北走向の断層が狭い間隔で何本も走っており、それに沿ってV字谷が刻まれている。恐らく、応力場の変化に伴って、横ずれ断層が逆断層に転じ、せき止め湖が形成されたのだろう。この様な、せき止め湖を埋積して形成された平野は、特にDali(大理)からShangri-la(香挌里拉)にかけて多く見られ、その多くは、埋積後に余り侵食を受けていない事から、埋積後、せいぜい数十万年しか経っていないものと思われる。一方、その埋積の開始は、少なくとも中新世後期(5001000万年前)までは遡れる様である。
南中国や東南アジア地域は、ヒマラヤーチベットの隆起に伴う構造運動やモンスーン降水の影響を強く受ける為に、世界で一番侵食、削剥が激しい地域と言われる。従って、これらの地域について、どの位の速度で侵食が進んでいるのか、侵食速度はどう言った要因(特に隆起速度、起伏度、基盤の地質、雨量、植生など)に制御されているのかを知る事は、風化侵食作用を理解する上で、更には、化学風化作用による大気中二酸化炭素の消費過程に、ヒマラヤチベットの隆起やそれに伴うアジアモンスーンの強化がどの程度影響しているかを評価する上でも重要である。その為に、揚子江やメコン河、サルウィーン河の上流域では、近年、風化侵食作用とその制御要因に関する研究が盛んに行われている。そうした研究の多くは、集水域や地形の起伏度を計算するのにGISを使っているが、どうも集砕屑物域(適切な用語が存在しないのでこう書くが、砕屑物粒子を集めて川に供給する領域の事)を計算する際に、上述の埋積湖地形を考えていない様である。
 どう言う事かと言うと、埋積湖を含め、湖はそれより上流の集水域に降った雨は下流に流すが、堆積物は殆どトラップしてしまうのである。湖の場合はその事は明白だが、埋積湖の場合は既に湖は消失してしまっている為、その事は見逃され勝ちとなる。しかし、埋積湖が作る平野に流れ込む比較的小さな川は流入口で扇状地を形成し、また、流入した水の大部分は地下水となり、更に、平野を横切る川は蛇行していて、堆積物の大部分をそこに落としてゆくのである。つまり、降水に関しては、埋積湖やその上流の集水域は、その下流にある揚子江本流の集水域として扱うべきであるが、砕屑粒子に関しては、埋積湖やの上流で侵食され運搬されて来た砕屑物の殆どは埋積湖でトラップされてしまうので、埋積湖より上流の集砕屑物域は、揚子江本流の集砕屑物域からは除外するべきなのである。
上に述べたように、最近、揚子江上流域において、10Beを用いて侵食速度を推定し、それと地形起伏度や雨量、気温、植生などとの関係をしらべて、侵食速度の制御要因を論じた論文が専門誌に出版された。アイデアは良いのだが、結果は今ひとつで、期待された要因との間での相関が低く、明確な結論を得るには至っていなかった。この論文を、以前、Yoshiakiに読ませたら、興味を示していた事を思い出した。Yoshiakiは、卒論のテーマを絞り込むために今回の調査に参加していたが、卒論では、GISを活用した研究を行う事が希望だった。そこで、「GISを用いて埋積湖とその集水域を抽出して、侵食された砕屑物の流出量推定や起伏度評価の際にその影響を考慮して、10Beを使って侵食速度と雨量(河川流出量)や起伏度との関係を議論した先行研究の議論を再評価する」と言うテーマはどうかと水を向けた所、気に入った様子。良い結果が出るかどうか充分な勝算があるわけでは無いが、自分の眼で見た事から何かを感じ取り、そこから様々な疑問やそれを解くためのアイデアを発想するという、自然科学の原点から卒論研究を出発させる事が出来た様に思う。先ずは、良かったよかった。(つづく)(多田)

0 件のコメント:

コメントを投稿